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【雑記】国立大学医学部医学科の中退生が、教育虐待について思うところを書いてみる

原因の考察

医学部医学科は入学してからも辛い

国立大学の医学部医学科に入れたからといって、それだけで順風満帆な生活が待っているというわけではありません。

医学科の経験者ならばご存じとは思いますが、専門課程のカリキュラムは1限から5限までぎっしりと詰め込まれており、試験問題も生半可な勉強では突破できませんので、その時点でドロップアウトしてしまう方もちらほらいます(というか私がそれです)。また、たとえ国立大学や公立大学であっても、多額の学費(教科書代だけでもかなり高いです)や互助会費などがかかります。そのため、費用面のために退学や転学を余儀なくされる方もいらっしゃることでしょう。

専門課程の授業を何とかこなしたとしても、今度は附属病院等での実習が待っており、内科や外科を始め、さまざまな科目を経ることになります。そもそも、4年次の終わり頃に受ける事前試験をパスできなければ実習に進めませんので、もしかすると強制的に留年を食らってしまう方もいるかもしれません。そして、実習自体も、大学にもよるでしょうが1年半から2年くらいかかるかと思います(5年次から6年次あたりまで)。この実習課程を通過し必要な単位もすべて取得して、初めて医師国家試験の受験資格が与えられる、というわけです。もちろんそこで終わりではなく、大学を卒業し国家試験も合格できたら、今度は研修医としての忙しい日々がスタートします。

日本の大学は入るのは難しく出るのは簡単とはよく言われることです。しかし、医学部に関しては絶対にあり得ないということが、以上のことからお分かりいただけるかと思います。少なくとも、私などのように、親に圧されたからという生半可な思いだけで入学してしまっては、すぐに地獄を見ることになってしまいます。

立派な大学に入ることを「ゴール」にしてはいけない

よく言われることですが、良い大学に入ることは決して「ゴール」ではありません。いくら良い大学に入れたとしても、卒業できなければ意味がないのです。

ですから、親御さんは、ご自身の息子さんや娘さんについて「大学に入ったらさようなら」であってはなりません。そうではなく、大学を無事に卒業できるようにサポートしてやることが必要不可欠です。また、息子さんや娘さんの進路について、ご自身の願望を押しつけることなく、あくまでお子様方のご希望に沿ってやりながら話し合うことが重要です。

そして、大学に入り、その後無事に卒業できたとしても、人生が安泰であるわけはない、ということにはくれぐれも注意しておくのが賢明です。東京大学や京都大学を出たは良いが卒業後の人生で苦労を重ねている方もごまんといますし、一方で、無名の大学を卒業後に人生を立派に立て直している方もいます。

学歴は大事ですし勉強できるということも大切なのは認めないといけません。しかし、それだけが人生において全てと思い込むのもダメです。このような著しい錯誤が続いてしまうと、せっかく手塩にかけて育てた息子や娘に先立たれてしまったり、彼らがモンスターと化してしまったり、あるいは親の方がモンスターと化してしまうことにもなってしまいます。

私の現状について

私自身の今の状況についても少し述べておきます。

色々と苦労をしつつ、仕事の方も転々とはしております。ただ、度重なる転居もあってか、半ば強引に両親ともに距離的にも縁を切ることができたのは、幸いだと思います。そして、近年は英語の勉強に再び取り組み始め、TOEIC900点代の取得や英検準1級の合格も達成できております。

それ以外においても、勉強もやり方1つで自分の血となり肉となるということを、近年本当に実感しています。もちろん、お勉強ばかりではどうしようもありません。だからといって、学び続けることができなければ、視野も広くなりませんし、良い仕事ももらえなくなってしまいます。

ただ、こういった感情が持てるのは、親との関係がほぼなくなった今だからこそ、です。もし仮に実家での生活が続いていたとしたら、たとえ父方だろうと母方だろうと、うまくいってはいなかったでしょう。

私からのお願い

受験生および親御さんへ

受験生やその親御さんにおかれましては、教育虐待に関する動画や書籍をご覧になりながら、くれぐれも親子間の関係を、ほんの少しでも見直していただけると幸いでございます。そして、世の中にはこういった事態もそこかしこで起こっているのだという現実を知っていただくと、なお嬉しいです。自分の知らない世界のことを知るということは、老若男女を問わず、すごく大切なことです。

冒頭に挙げた事件の他にも教育虐待の影響があると考えられる事件はまだあります(例えば、「秋葉原通り魔殺人」の殺人犯に対するスパルタ教育の酷烈ぶりは有名ですね)。教育は大事ですが、たとえ「教育」であろうとも道を間違えるとこういったことになるのだ、ということを知っていただくのも大切だと私は考えます(もっとも、それも教育のうちではあります)。

身に覚えのある方へ

もう1つ、もしこちらの記事をご覧になり、ご自身にも身に覚えのあると感じた方へのお願いです。もし悪影響を実感していらっしゃるのであれば、その断絶のため、少しずつ行動してください。結局、「教育虐待」の恐ろしさから逃れるためには、自分の方から動かないとどうしようもありません。たとえ虐待しているのが母親だろうと父親だろうと、息子や娘の方から申し立てを受けたところで、自己正当化や自己保身に走るのがオチです。

他の「毒親」案件についても言えることですが、大人であろうと子供であろうと、自分の人生は自分で決めて良いのです。その分、責任は自分がとらないといけないのですし、逆に言えばそういった責任を親が必要以上に負う必要は全くありません。おそらく、「教育虐待」に走っている親御さんはその部分で勘違いをし、お子様方との境界線を平気で乗り越えていらっしゃいます。そして、当のお子様方も同じ勘違いをしている(していた)はずです。

ただ、たとえ自分の実の子供のことであろうと、境界をきちんと見定めることができなければ、親としては失格と言うほかはありません。逆に、虐待を受けていた子供が大人となり自由に行動できるようになったのならば、動かないとどうしようもないことは明白です。親への不平不満をいたずらに述べるだけでは、事態が好転する道理はありません。

結びの言葉

この記事をここまでご覧になってくださった皆様に感謝を申し上げます。何かございましたら、ご遠慮なくコメントに書いてくださいますとありがたい限りです。

そして、この記事が、1人でも多くの助けになることをお祈りしながら、今回はこの辺で終わりといたします。

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